昭和四十三年三月四日 朝の御理解
ここのところまでは、皆出来るけれど、そこからもう後一押しというところで伸びる人、伸びない人、おかげを受けれる人、受けられない人、ほとんどの人が、ここまではというところまでは、皆が行けるんですよ。だけど、その先のほんの一押しが違うのです。
ですから、信心させて頂く者は、その一押しというところを、大事にしなければいけない。一押しという事、例えば、会合なら会合いたしますね。信心の会合をいたします。集まってきとるのは、三十人なら三十人の者が集まってきとるとする。
同じでしよう。いついつは、、どういう会合がありますと。それに、まあ、時間励行で皆が集まる。ここに、三十人なら三十人集まってきたといたします。そこまでは、時間励行もした、集まっても来た、そこまでは同じなんです。けれども、その内容心掛けなんです。心掛けのちょっと良い心掛け、良くない心掛け、そこに帰る時のおかげを頂いて良かったという者と、何にもなかったというて帰る者ができてくるんです。「何事にも信心なれよ」とこうおっしゃる。
そういう時に、自分が、おかげが受けられんなあ、ときずく人は本当にそこんところを工夫していかなきゃあいけませんです。
今日は、隣組の会合があった。形の上においては、ひとつも変わってはいない。きちっと、時間励行で何時に集まった。何十人の者が集まった。ところが、その内容のいかんによってですね、ちょっと心掛けの間違った人、心掛けの欠けた人欠けなかった人、ただ会合に出たというだけ、会合に出ておかげを受けて有難かったと心に感じて帰る人、ですから、もうそこんところ、ちょっと工夫さしてもらうとですね、こげな心掛けでこういう会合に出たんじゃつまらん、と例えばこういう心掛けでは、いけないものであるなら、取り除かし、相すまんものであるならお詫びをする。そういういわば、姿勢をもってですね、会合なら会合に臨むというだけで、伸びる人、伸びない人、、おかげを受ける人、受けない人の境ができてくるんですよ。
昨日、親教会の御大祭がございましたね。若先生が帰ってまいりまして、私、あのういつもの事だけれども、いつも、親先生が自分の出社の先生方を従えて、霊神様へご挨拶なさる。【 】昨日は、とすの先生も出ておられた。「あら、勝彦はどうして出てこんだろうか。あの人がまた早う装束脱いでしもうてから、あれしなかったんだろう」と、私は思うておった。
けれども、それが気にかかったから「昨日どうして、あんた出なかったか」「それが、あの僕も装束脱がずに【 】で、待っておったけれども、誰と誰こんなきてから、勝彦言いさらんじゃった」だから、本当いうたら、出社が北野、星野、鳥栖は、まあ出社というのじゃないけれども、息子さんが行っとられます。三人が言われてから、ここも当然いわば出社であるにもかかわらず、いつの場合でも、だけども、昨日は皆出ておったから、ちょっと気になって尋ねたんです。
又「あんたが実意がない。早う装束脱いどったけん」て、まあ、あれにゃあ言わなかったんだろうと。と言うように、それだったら注意しとこうと思って申しましたら、「僕にも当然言いなさるじゃろうと思うて、装束を脱がずに待っとたけれども、誰と誰と誰とこう指名をされた。
だから、僕は出られなかった」とこういう。
まあいつもの事ながら気分の良いものじゃない。けれども、それがいつも私の場合には、おかげの元になっておる。これは親先生じゃないな。とても、ほんなら例えば、初代の御霊様が、「あぁ、合楽はすかんけん」というて、かけ残ししなさった訳でもなかろう。神様のご都合だと思わしてもらう。問題はここなんです。そう思うか、よし俺んとこだけ【 】と思うかなんです。おかげを受けるか受けないかは。
私、昨夜、途中からでしたけれども「忍びの者」あれは、あの石川五衛門ですかね、やってました。きのう、一番最後んところの、織田信長と明智光秀のところがあっておりました。もう事ごとに、もう全然信長と光秀の性格が違う。もう事ごとに光秀のすることは気にいらん。もうですから、それでもやはり、主人は主人として、たてぬいていきますけれども、家来達が穏やかでない。それでもそれをしっかりわからせたりして、今日まできたわけなんです。徳川家康の応きょう役に、どっかのお寺でやります時に、万幕を桔梗の幕を張ったんですね。光秀の幕を張った。それを見て信長が激怒いたします。
そしてその役をとりかえる。
そしてどこどこに……他の戦争に戦に行く方を命令いたしましたね。
だいたい、もうそれこそ、しきたりの事についても、思慮分別と言うても、光秀の右に出る者は、おらんと言うぐらいに、まあ、あったんですけれども、桔梗の万幕でも、その応きょう役の紋を染め出した幕を張るのが常例である。それが約束なんです。
だからというけれども、言い訳をするなといった様な事で、それが一辺や二辺じゃない、いつもそうなんです。他の者は穏やかじゃない。ところが、まあその映画では、五衛門が煽動して信長をしかける訳なんです。それで、信長に命令された通りに、光秀の戦争にいく準備も整うて、そして道もそちらへとっておる。そこへ、その岐路がこちらへ行けば京都、こちらへ行けばどこどこと言うわけなんですね。岐路に立った時に、信長が敵。もうあちらではないという。いわゆる「敵は本能寺にあり」とこういうわけなんですねもう本当に別れ道に立った時にですね。
もうここまで、光秀が一生懸命信長のために頑張ってきた。ここまで一生懸命主人大事にやってきた。ほんのその岐路に立った時にです、いわゆる「敵は本能寺にあり」と言うたばっかりに、結局、逆賊の汚名をきせられるだけではない、世に言う三日天下、しかも名もない土民の手にかかっていわゆる落命された。といった様な結果になるわけなんですね。私は、本当にこれは右にすべきか、左にすべきかという時にですね、私共が本気でいわゆる姿勢をですね、方向を信心の方へ、いつも向けとかないと間違うんです。いんや間違わん、間違わんと言いよるけれども、叩かれた上にも叩かれる。いわゆる憎まれた上にも憎まれる。そいうな事が度々重なってまいりますと、いかに思慮分別のある光秀でも、その時にちょっと間違っとる、ね。あん時にあのままいっとったら、日本の歴史が変わったろうと思うくらいですね。
「敵は本能寺にあり」と言うて、主人信長の館になっておる本能寺めざしてから、攻め込んだわけなんです。成程目的を達成しました。けれども、それはたった三日間であった。世に三日天下と言われる、しかも逆賊として光秀は謀反人の張本の様に今でも言われるわけでしよ。これはもう本当に、私と善導寺の場合なんか、もう私に謀反心があるなら、いつも謀反心を起こさにゃあならん様な事が続いたんです。いや本当に椛目時代、椛目は謀反心があるとまで言われてきたんですよ。けれどもです、ぎりぎりのところはどこかというと、現在椛目があるのも、合楽があるのも、善導寺あって合楽があるのだというこの思いは、一つも変わっていない。どんな場合でも。
だから私は間違う事はなかった。岐路に立った場合自分の心の上にです、一押し本当の事になるのかならんのかというのは、そこんところほんの一押しなんですよ。こらえにこらえてきた、もう辛抱できん。まあ例えてそいう事じゃないにいたしましても、昨日の事もそうなんです。向こうが向こうなら、こっちもこっちでいかないかんなという気持ちは一つもない。こりゃあ、神様のご都合に違いはないと私はこう思う。こりゃあ、親先生のせいじゃないとこう思うです。皆さんもお気付きになったでしょうが。出社は三軒なかで、いうなら四軒あるのに、三軒は連れて出られるけども、合楽だけは連れて出られない。これはいつもの事である。これはどういう事であろうか。親先生がその腹ならこっちもその腹で言うたら、私はようおかげを頂いてこなかったと思う。それを、神様のご都合として頂いてきた。だから私の場合、つどつどに、おかげを受けてきた。
昨日、善導寺から帰らせて頂きましたら、末永さんが、今日は壱岐の方から兄が参りました。末永先生です。親戚に亡くなられた方があって、お葬式にやって来た。
そこで、ここまで挨拶に出て来られたわけでございましょう「親先生は、善導寺の御大祭に行っとられますから、ちょっとお待ちなさい」「忙しいから帰らんならん。親先生にどうぞよろしゅう」と言うてその帰られた。帰った後に私が帰ってきた。「本当に兄もちょっと待っときゃあ、お会いできたのに。私も兄をバスの停留所まで送っていったんです。」今、帰ったばっかりのところへ、私が帰って来たんです。
ところが、その末永さん兄弟が、バスの停留所までまいりましたところが、丁度都合良く向こうからバスが来たんです。それで末永先生「やっぱ、間違ごうとらんじゃったな」とこう言いよったんです。タイミングが良かった。それで末永さんが言うておる事がです、「兄ちゃん、めぐりも働くぞ」と言うてから。こりゃあもう素晴らしい。私はそれを聞いてですね、「末永さん、そりゃあ素晴らしい言葉ばい」と言うて申しました。自分の都合のええ方へ、都合のええ方へ、しかもタイミングよういくわけなんです。例えば、こうする事が信心だけれども、こんなわけだから、右の方とらんならんのを、左の方をとったわけなんです。ところが、そこには都合よういったわけなんですね。言うたら。いうならば、敵は本能寺の方あるというて、本能寺に向かった。それがもう家来達もですね、皆がそういう気持ちで一生懸命であるもんだから、もう本当に、むしろ喜んで本能寺の方へ、皆がついていった。そして見事に目的を果たしたんです。
だからやっぱり、間違ごうとらんじゃったばいね、というのとよく似てるわけなんです。ここに、岐路に立った時にです、自分のした事、言うた事は間違いなかったと、まあいわば、丁度バスが来たから、やっぱり俺のいき方は間違ってなかったと言うて、弟のたておさんにそう言うた。そしたら末永さんが、そこんところをすかさず言うておる事がです、「めぐりも働くぞ」とこう言う。成程、神様の働きもあろうけれども、いきいきとして。けれども、めぐりも又いきいきとして働いておるという事がです、ここの岐路、神様に許されておる、右にする事、左にする事もはっきり信心をしておれば、右なら右本当の事がわかっておる。わかっておるけれども心に迷う。
そして左をとる。これがいかにも、順調に行きよるようであってもです、それはめぐりの働きによって、そういう事になっておる様な場合もあるんです。
ですから、いかに一つの線というものはですね、本当の事をです、わかっておらなければならんか。私と三井教会の場合も同じ事。何にも他にはない。ただ、三井教会があって合楽の教会があるんだという、この思い一つで行動すれば、いつでも間違いのない道を通る事ができる。
今朝、いつもよりも十五分早く目が覚めた。もう十五分あるから、もう眠らんぞと思うとってもです、そこんところに、ちょっと楽をしたいという心があると、眠らんつもりだけれども眠っとる。はぁっとあわてて、もうあと十分しかない、十分しかないというてあわてんならん。たった十五間の事。それから、はぁ神様が起きれと言いござるなと思うて起こして頂いた。いつもよりも、だから十五分早くここへ座らして頂いた。そういう時なんです、一押しというのは。おかげを受ける人とおかげを受けない人。本当の事ができる人、できない人。形の事じゃない心の上においてもそう。ここに、そんなら五十名の人が朝参りをしてきておる。その五十名の人が、参って来ておるという形においては、皆並んで同じ御理解を頂いておる。ですけれども、その心の使い方、ほんの少し「はぁ、こげな状態では」と気がついて、それを本当の方向へ向けるか、向けないかという事で、その日の一日おかげが違う。
私、今日はそのぎりぎりですね、いろんな迷わなければいけない様な時にですね、はっきり線を出しておいて、それは本当に、まあ人情から言うたりするならです、どうした事じゃろうかと思う様な事があっても、こりゃあ、神様の御都合ぞといった様な心の使い方でですね、おかげを頂かしてもらえる。なら、十五分間、ここまでは誰でも辛抱する。けれども、そこんところもうちょっと、一押し辛抱してみる。
今日その一押しというところをですね、大事にしていかなきゃあいけません。ここまでは誰でもできる。ここまでは誰でもできる。けれども、それから先がほんの一押しが違う。心の使い方でもそうです。そういう時にですね、例えば「あぁ、まだ十五分間ある。まあちょっと寝よりゃあせんでん、まあいっときばかり、ぬっかところの中にじっと入っとこう」これは、すでにめぐりが働きよるけん。めぐりも生きておる。十五分間早く起こして修行させよという、神様の働きをですね、無視して、例えば、めぐりが楽をさせようというごたる、堕落させようというめぐりが働いておるのに負けて、そして十五分で起きりゃあええばってん、やっぱり人間ですからうとうとと眠って、「あぁもう間に合わなかった」といった様な結果になってくるんですよ。そういうやつこそ、一日の内にゃあいくらもあるです。
心が落ち着きますと。そこんところ一つ、お互いようそこにですね、念を入れておかげを頂きたい。そこに一つの焦点をおいて、おかげを頂きたい。為には、いつもいわゆる正しい方向というものを向いとかんと、迷いが起こってくる。「敵は本能寺にあり」なんて言いよったら、もうそれこそ、いかにも、それは順調の様であってもです、逆賊の汚名がそこにあり、そこには、世に言う三日天下の結果になってしまうのです。信心しよってばってん、あの人達がと言われる結果になるのです。本当に有難かったのが束の間になってしまう。
金光様の信心しよってばってんといった様な、金光様の顔にまで泥をぬるような事になる。いつも、それを心を掛けておらねばならん。同時にです、例えば、一つの会合なら会合に出席させて頂くのもです、形においては、皆三十名なら三十名の者が同じなんだ。ところが、持って帰るのは、それぞれに違うのだ。何も持って帰らん者もある。自分の心ばえというか心掛けというかね、一つでおかげにもなりゃあならんのもあるですから、そこをちょっと思うてみる。こんなこっちゃばからしか。せっかく時間を費やして、例えば、お参りしてくるのでありますから、自分の心掛け一つで、おかげにもなる、おかげにもならんの境に立つところを、一つ思うてみてね、いよいよの時に「敵は本能寺にある」といった様な事にならない様に、一つおかげを頂きたいものですね。
どうぞ。